眼の病気に関するQ&A

糖尿病網膜症に関する6つの疑問

Q1

糖尿病網膜症はどのような病気ですか

A1

まず、糖尿病について説明します。糖尿病は、血糖の高い、すなわち高血糖状態が続くことにより血管が痛んで閉塞する病気です。これが原因で糖尿病の方は脳梗塞や心筋梗塞を起こしやすくなります。眼の中の細い血管が痛んでしまうと、血液成分が染み出したり、血管が詰まることで酸素や栄養不足になって異常な血管が生えたりします。その結果、フィルムである網膜に出血や腫れ(浮腫)などが生じ、視力が低下します。これを糖尿病網膜症といい、初期の単純型、中期の前増殖型、進行期の増殖型という3つのステージと、特に糖尿病黄斑浮腫と呼ばれる視力に影響する病態があります。これらは血糖のコントロールが悪いと、進行スピードが早くなります。一度進行したステージは前には戻らないため、糖尿病網膜症はできるだけ悪化させないことが重要です。

単純糖尿病網膜症高血糖の状態が長期間続くと、血管が痛んで閉塞していきます。そして血流が悪くなります。眼の中には小さな血管がたくさんあり、これらの血管も閉塞します。すると毛細血管瘤という小さな血管の瘤ができたり、小さな網膜出血ができたりします。この時期には患者さんは見え方には問題ないことが多く、悪化がないかどうかの経過観察が主体になります。

前増殖糖尿病網膜症血流の悪い期間が長くなると、網膜出血や軟性白斑という網膜の血の巡りの悪さを示す所見や血管の異常が徐々に増えてきます。視力の低下を自覚することもありますが、症状のない方もいます。自覚症状がなくても、進行抑制のために眼科的な治療を行った方がいい場合があります。

増殖糖尿病網膜症さらに血流が悪くなると、新生血管という異常な血管が網膜の表面に生えてきます。新生血管は正常とは異なり、非常に脆い構造をしているために、大きな眼底出血の原因になります。ひどい場合には増殖膜という蜘蛛の巣のような膜が目の中に生じて網膜が引っ張られ、網膜剥離を生じます。さらに眼の中を満たしている水分である房水の出口である隅角にも新生血管が生じると、排水溝に髪の毛が詰まるのと同じように、房水の排出がうまくいかずに、眼球の硬さに相当する眼圧が上がってしまうことで、網膜の光を感じる細胞が痛んでしまう血管新生緑内障という病気になり、最悪失明してしまいます。増殖型に移行した場合には、早急に治療を開始することが必要になります。

糖尿病黄斑浮腫高血糖により痛んだ網膜血管からは、血液の様々な成分が漏れ出してしまい網膜に腫れ(浮腫)を引き起こすことがあります。特にモノを見る中心である黄斑が腫れてくることを糖尿病黄斑浮腫といい、適切な治療をしていても視力が低下することがあり、糖尿病網膜症の課題の一つとなっています。

Q2

糖尿病網膜症はどのような症状がありますか

A2

糖尿病網膜症は初期にはほとんど症状がなく、かなり進行してしまうまで見え方は問題ない状態が続きます。進行すると視力が低下します。徐々に低下する場合もあれば、突然見えにくくなることもあります。視力低下は読み書きや、免許更新を含めた車の運転など日常生活に影響します。自覚症状がでてから病院に行くと、かなり進行していて治療に難渋することがあります。そのため自覚症状が出る前からの定期検査が必要となります。

Q3

糖尿病網膜症の検査について教えてください

A3

糖尿病網膜の診断は視力検査や眼底検査の他にOCTという網膜の断層撮影が可能な器械などを用いて行います。検査の痛みはありません。進行した場合には、蛍光眼底造影検査を行うことがあります。この検査では造影剤を点滴して眼底写真を撮ることで、眼底の血流の悪さや新生血管の有無などの病気の詳細が分かります。治療が必要な眼底の状態であっても、自覚症状がないために病院を受診していない患者さんもいます。糖尿病と診断されたら、まずは眼科を受診することが重要です。

Q4

糖尿病網膜症の治療について教えてください。

A4

糖尿病網膜症の治療には様々な方法があり、いろいろな方法を組み合わせて行うことが通常です。

内科的な治療糖尿病網膜症の治療として、最も重要なことは、実は血糖コントロールです。糖尿病は高血糖により血管が傷み、血流が悪くなることが問題です。一度傷んだ血管そのものは回復しないため、悪化させないことが必要になります。血糖が悪ければ、どんどん血管が痛みます。血糖が正常に近ければ、進行はゆっくりになります。そのため、血糖コントロールが重要なのです。血糖コントロ―ルの指標として、HbA1c があります。これは採血で分かりますが、直近2~3カ月ほどの血糖の状況を反映しています。血糖コントロールが良好であればHbA1c の値は6.5~7.0%程度でしょうか。重度の糖尿病であればHbA1c 10%を超えることも珍しくありません。HbA1c 10%以上が10年も継続すると、眼底に様々な糖尿病網膜症の所見がでてきます。HbA1c は、ご自身の血糖コントロールの重要な指標です。分からない場合には内科の先生に尋ねてみましょう。

眼科的な治療糖尿病で血流が悪くなった網膜からはVEGFという糖蛋白質が多く作られます。VEGFは血管内皮増殖因子のことで、血液成分の染み出しと異常血管の生成という二つの悪い作用をもち、網膜に腫れが起こる糖尿病黄斑浮腫や、眼内の新生血管の原因となります。そのため治療の主目的はVEGFを抑えることです。
その治療は大きくは4つに分けられます。

  • レーザー治療
  • 抗VEGF薬硝子体内注射
  • ステロイド注射
  • 硝子体手術


まず、レーザー治療について説明します。
一言でレーザー治療といっても、いくつかの目的で使用されます。糖尿病のため血液が送られず、血の巡りが悪くなった網膜からはVEGFが分泌され、糖尿病網膜症を引き起こします。そのため、血の巡りの悪い網膜自体を焼くことで、眼内のVEGFが作られる量を減らすという目的で使用されます。また、毛細血管瘤は糖尿病黄斑浮腫の原因になっていることがあるので、この瘤自体を焼くという目的でも使用されます。治療は1回で終わることもありますが、数回に分けて行うことが通常です。点眼麻酔を行いますが、痛みは個人差があります。見え方の改善は患者さんの病気の状態によるところが大きく、一部でよくなる方もいますが、むしろ悪くなる方もいます。それでも治療が必要となる理由は、糖尿病網膜症は放置すればステージが進み、失明につながる可能性があるからです。そのため、適切な時期にレーザー治療をしておくことで進行をできるだけ抑えるのが目的になります。

次に抗VEGF薬硝子体内注射について説明します。
網膜に腫れが起こる糖尿病黄斑浮腫は視力低下の原因の一つであり、これにはVEGFの関与があります。このVEGFに対する抗体を白目に注射することで、糖尿病黄斑浮腫を抑えるというのが治療の目的です。目に注射をすると聞けば、誰でも怖いと思うはずです。しかし、日本では2008年から加齢黄斑変性に対して、健康保険適応の治療となっています。糖尿病網膜症でも使用されており、糖尿病黄斑浮腫に対する現在の治療の主流です。世界中で行われていますし、日本でも当初は大学病院や地域の基幹病院でのみ行われていましたが、現在では安全で一定の効果があることから眼科クリニックでも行われることが多くなっています。注射は清潔環境下で、点眼麻酔・消毒をしてから行います。目薬の麻酔をするためほとんど痛みはありません。病気の状態にもよりますが、まず1回注射して反応をみて、必要に応じて追加注射を行います。注射により浮腫が減少すれば、ある程度は見えやすくなりますが、眼内に注射された薬液の効果が切れてくると再度浮腫がでてくるため、また見えにくくなります。そのため追加の注射が必要になります。注射により、見え方はよくなることもありますが、ゆがみなどは残りますし、一部には注射の効き目が弱い方もいます。また注射治療を継続していても視力が低下する方がいます。これは病気のために、網膜にある視細胞というモノを見る細胞が障害されてしまうためです。

3番目にステロイド治療について説明します。
糖尿病網膜症を悪化させる因子にはVEGF以外にもあり、炎症性サイトカインという物質が糖尿病黄斑浮腫に関与していることがあります。炎症性サイトカインは血管に慢性炎症を起こします。慢性炎症により血管から血液成分が漏れ出すことで糖尿病黄斑浮腫が引き起こされている場合には、原因となっている炎症を抑える必要があります。ステロイドには抗炎症作用があるため、これら血液成分の染み出しを抑える目的で使用されます。投与方法には点眼や注射があり、注射も眼の周りに注射をする方法と、眼内に注射をする方法があります。注射により黄斑浮腫の改善が期待できますが、ステロイド特有の副作用(白内障や眼圧上昇)などが見られることもあり、現在では他の治療の補助的な意味合いで使用されることが多いです。

最後に硝子体手術について説明します。
糖尿病網膜症は明らかに手術をした方がいい場合があります。たくさんの増殖膜がある場合や、大量の硝子体出血のために見え方に影響がでている場合や、抗VEGF薬が効きにくい糖尿病黄斑浮腫や、黄斑前膜などを併発している場合などです。手術の場合でも、血糖コントロールが良好なケースや、事前にレーザー治療を受けているケースでは、手術そのものが円滑に行われる事が多いため、普段からの経過観察や治療が重要となってきます。また手術をしても、網膜にある視細胞というモノを見る細胞が障害されている場合には視力が改善しないこともあります。

Q5

糖尿病網膜症による見えにくさは治療でよくなるのでしょうか?

A5

これは大変難しい質問です。一言でいえば、網膜の状態によりますという答えになります。視力の改善が期待できるケースとしては、軽度の糖尿病黄斑浮腫でレーザー治療や抗VEGF薬注射が著効した場合や、大きな硝子体出血を手術で除去した場合などがあげられます。逆に視力の改善が望みにくいケースとして、長期間網膜の腫れが持続して、網膜にある視細胞というモノを見る細胞が障害されてしまったケースや、血管新生緑内障などがあげられます。現在の医学では、一度痛んでしまった血管や網膜を完全に回復させる方法はありません。脳梗塞の後遺症として麻痺が残ることがありますが、糖尿病網膜症でも見えにくさという後遺症が残ることがあるのです。そのため、糖尿病網膜症はできるだけ悪化させないことが重要です。

Q6

血糖コントロールを頑張っているのに、見え方がよくならないのはなぜですか?

A6

これもよくある質問です。血糖のコントロールがよくなるだけでも眼底所見が改善する方もいます。一方で血糖のコントロールをしっかりして、眼科の治療も受けているのに見え方が改善しにくい方もいます。この原因の一つに糖尿病網膜症の後遺症としての網膜の視細胞障害があります。今の医学では一度痛んでしまった網膜は完全に元のようには戻せません。適切な治療を行ったとしても、残ってしまった後遺症としての見えにくさとは付き合っていかねばならないのが現実です。そのため、糖尿病網膜症はできるだけ悪化させないことが大切です。糖尿病網膜症はあたかも空のコップに水が溜まっていくようなものです。血糖コントロールが良好であれば糖尿病網膜症はゆっくりとしか進行しません(ゆっくり水が溜まります)。血糖コントロールが悪ければ進行のスピードは早くなります(早く水が溜まります)。進行すればするほど、視力予後は厳しくなっていきます(コップの水が溜まるにつれ、見えにくさが強くなり、回復が難しくなります)。現在の糖尿病網膜症の状態は過去の血糖コントロールの結果であり、現在の血糖コントロールは未来の糖尿病網膜症の状態を予測するものなのです。ですから、現在の見え方がどのような状態であっても、血糖コントロールをすることには大きな意味があります。糖尿病はサイレントキラーとも言われ、全く自覚症状がないまま、血管障害や神経障害を引き起こしてきます。少し糖が高いだけとか、症状がないから大丈夫という自己判断で通院をやめたり、治療を中断したりすることが、その後に大きく影響することがあります。症状がなくても年に1回は健康診断を受けた方がよいですし、糖尿病と診断されたら、内科と眼科には通院し続けることが必要です。

一方で治療費も安くはありません。抗VEGF薬は有効な治療ではありますが、お薬の値段が高く、1割負担で1万5千円ほど、3割負担だと5万円ほどの自己負担となります。レーザー治療や硝子体手術でも同額以上の自己負担となります(これらは高額医療の対象になることがあります)。どの治療をどのタイミングで用いるかは、患者さんの病気の状態にもよりますので、医師とよく相談する必要があります。その他の詳細や合併症などの注意点については担当医に直接お尋ねください。